「兄上、兄上・・・兄上・・・っ」
譫言のように己を呼ぶ声が上から降ってくる。
弟は行為の最中しつこいくらいに己を呼ぶのが常だったが、やがて熱に呑まれそんなことも気にならなくなった。
遠い昔、幼い弟が初めて己を呼んだ日のことを、師は克明に覚えていた。
その頃から大分変化してしまった声色で、弟は己を呼びつづける。
「兄上、兄上・・・」
腕の中にある熱が兄であることを確かめるように、弟はひたすら兄を呼びつづける。
呼ばれる度に、師は目の前の男が 間違いなく、自分の弟であることを自覚した。
幼き頃から比べ大分大きくなりすぎた弟の背中を、兄の顔で抱き締める。
ふたりの間にある快楽も熱さも、すべてが霧散して消え失せる。
「兄上、兄上・・・っ」
「・・・昭」
昇りつめてゆく想いはやがて弾け、後に残されたのは、幼き頃のままの兄と弟の感情であった。
PR